ようこそ

こんにちは。 お元気ですか?これは月並みの挨拶にしか聞こえないかもしれません..ですが本当に私はあなたの力になりたいと思いこの文書を書いています。私はあなたと今日ここで会うために、とても長い道のりを辿って来ました。そしてお金を貯めるために大変な仕事もしてきました。私はいかなるグループや組織を代表しているわけではありません 。私自身がずっとここに来たかったのです。
ご存知のように、人生には簡単でないこともあります。「私の辛さなんて誰も分かってくれない」、何度もこのようなことを思ったことがあるのではないでしょうか? 毎日が重荷。絶えず苦痛と隣り合わせの生活。そんなとき希望はどこで見つけられるのでしょうか?
苦しみは私たちの心と体の両方に影響を与えます。それには、貧困、不正、犯罪、死やけがなど物理的なものがあります。そして私たちにより深い影響をあたえるうつ病、孤独、傷心、悲しみや拒絶などの内面的なものがあります。…

This is our family. We are not a group or organization, just a simple family.

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家へと帰る道

… 誰もが尋ねます:「もし神が存在するのなら、なぜ彼が私を助けてくれないのですか??!」「どうして神は悪いことを私に起こすのですか? 神はどこにいるのですか?」
自分自身に問いかけてみる必要があります:「私たちは本当にこの質問への答えを知りたいのだろうか?。非難できる者がいたほうがいいと思っているのではないだろうか?」と。多くの人々が自分は答えを持っていると主張しますが、良く見ると、宗教でさえも現実的な答えを提供できていません。 世界中に苦しみに対する共通の反応が存在します。「自己憐憫」です。
自己憐憫は私たちを楽にしてくれます 。自分をかわいそうに思うことによって自分自身を慰めているのです。しかしこれにより、鬱という闇の中にどんどん落ちていきます。自己憐憫とはひどく臭くて汚いコートのようなものです。この寒くて暗い世界で温めてくれるただ一つのものです。だから私たちはそれに必死にしがみつくのです。私たちはそれに気付いていませんが、それは、日々私達を「病気」にしています。自己憐憫は自分の悲しみだけに注意を向け、異なる視点から物事を見られなくしてしまいます。
私はあなたと共有したいと思う明確な答えがあります。それは全てを明確にするものです。さあ、 「コート」を脱いで、しばらく横においてください。 今までの考え方を捨て去り、そしてまったく新しいものを発見しましょう。
子供に苦しんで欲しいと願う父親がどこにいるでしょうか? 乳飲み子を忘れる母親がどこにいるのでしょうか? たとえ彼らが忘れるとしても、「わたしは、あなたを忘れることはない」と神は言います(イザヤ書49章15節)。これが偽りのない神の約束なのであれば、私たちに何が足りないのでしょうか(テトスへの手紙1章2節)? 私たちはなぜ忘れられてしまったように感じ、神は遠い存在だと感じるのでしょうか?
どうぞ考えてそして耳を傾けてください。神は私たちを完璧に作りました。動物とは違う知能、魂、そして自由な意志をくださいました。これらの贈り物は私たちの本能や衝動に打ち勝つ力があります。 神は良心を持った人間を創造されました(ローマ人への手紙 2章15節)。物事の善悪を判断する力です。その良心は私たちを神へと向かわせます。私たちが神に素直に従いさえすれば、神は私たちに必要なものすべてを与えると提案されたのです 。
しかし、ここに一つ問題があります: アダムとエバ(最初の男性と女性)は自由な意志を使い、神にそむくことを選びました。この選択肢には大変な結末を伴いました。初めて「罪」がこの世界で犯されたのです。それによって人類は堕落してしまいました。 罪はたまに起きる行動ではありません。 それが今の私達人間なのです。 人々の身勝手さや反抗的な考えが邪悪な行為を犯す原動力になっています(ローマ人への手紙3章10節、23節)。神は神聖な方です。「罪」 を見ることはできません 。人類は私たちの父から隔たれています。私たちは実際は「ホームレス」なのです。私たちはこの世界で愛と目的を探し求める孤児なのです。これらは神に対する悔い改めを通してのみ見つけることができます。「罪」は私たちと神との隔たりを感じさせるものなのです(イザヤ書59章2節)。
全ての痛みや苦痛は人間の選択の結果なのです。 神は誰も苦しませたくはありませんが、私たちの自由な意思を侵そうともしていません(ヨハネによる福音書 6章40節 / ペテロの第二の手紙 3章9節)。私たちは希望をなくし、自分たちの選択の結末に永遠に直面するように運命付けられました。二度目のチャンスをもらう価値はありませんでした。
帰り道:神は慈悲深い方です。神は私たちが何者であるかにかかわらず、自身の情け深さから、私たちにあわれみをかけてくださいました。(ローマ人への手紙5章8節)。神は誰に神と和解させるかを計画されました。 神は息子であるイエスをこの世界に送られたのです (ヨハネによる福音書3章16節、10章18節、17章11節)。イエスは神です。(ヨハネによる福音書10章30節、14章9節)。彼は私たちの代わりとなり十字架の上で罪をご自身の体のうちに負って、父の元へと帰る道を作ってくださいました。イエスは私たちの父が誰なのか明らかにしてくださいました(ヨハネによる福音書8章28節)。それが彼の唯一の目的となるものです。 そして、彼はこう言いました 「わたしはあなたのために場所を用意しに行くのだ….」「…わたしは道であり、…」。これは物質的な場所ではありません。 生きたイエスの発見を通してのみ、神を父として知ることが可能になるのです(ヨハネによる福音書6章44節、14章1節,6節)。これはどういう意味なのでしょうか?どうやってイエスを「通して」神を知ることができるのでしょうか?
イエスは彼の死によって、私達を赦してもらうために父が求められていることをなされました。贖罪と呼ばれるものです。彼は自身の完璧な血を私たちの罪深い血の代わりとされたのです。そして、死から蘇って来た時に、生きているイエスは「帰り道」を作られたのです。彼は自身の完璧な血を私たちの罪深い血と代えられました。そして、死から蘇って来た時に、生きているイエスは「家へと帰る道」を作られたのです。 彼の第一声は「私は自分の父とあなたがたの父の元に行きました(ヨハネによる福音書20章17節)」でした。再びイエスの父は私たちの父となられたのです。イエスは死人の中から最初に生まれた方です。イエスはあなたがたが神の元へ来るのを待っておられるのです。
イエスは私たちが父の元へ帰るために必要なことすべてをしてくださいました。 イエスは宗教ではありません。イエスは仏教、ヒンズー教、イスラム教のような宗教とは違います。 彼一人が神であり人でもあったのです。 そのため、彼は今、罪を犯した者と完璧な神とを仲介することができるのです(テモテへの第一の手紙2章5節)。 イエスだけが、自身の血を通して、その罪を全て赦してくださるのです。
人々は「良い人」になろうとすることで天国にいけると勘違いしています。私たちには生まれ持った罪があるため、これは不可能です。 努力しても何のメリットもありません。 これが、信仰の意味なのです(ピリピ人への手紙3章9節)。神は私たちが良い人になることを期待しているわけではありません。もし私たちがある時間内で、様々な善意に満ちた行いだけをすることが可能であれば、 イエスが来る必要はなかったのです。イエスはあなたをより良い人間にするのではなく、あなたをまったく新しい人間へと変えてくれます。 イエスはこう言います、「あなたがたは新しく生まれなければならない(ヨハネによる福音書3章7節)」。イエスにこの言葉の意味を聞いてみましょう。
自分が邪悪であることを認めた時こそ、彼の素晴らしい赦しをありがたく思えるのです(ルカによる福音書15章 を読むこと)。赦しは努力で得ることのできるものではありません。赦しは恩寵とよばれる神からの贈り物です(ローマ人への第四の手紙、6章2節3 / エペソ人への手紙2章8節)。 恩寵とは神からの身に余る恩恵のことです。イエスはあなたの信仰に対する贈り物としてこれを与えられます。
信仰は感情ではありません。信仰とは、イエスを通じて神が私たちに明らかにされたことを信じて行動するという選択のことです (ヘブル人への手紙11章1節、6節)。あなたがどう感じるかにかかわらず、信仰とは自分がイエスの血によって赦しを得たことを信じることなのです。この信仰は積極的な選択です 。
自分自身を憐れむのではなく、永遠の命を受け取ることによる素晴らしい喜びを見つけてください 。自己憐憫の「コート」は脱ぎ捨て、他人へ愛のコートを着せることができます(イザヤ書61章3節)。この世の人生には重要なものはありません。 永遠の命のみが重要なのです。 この観点こそがあなたの物事に対する態度を変え、あなた自身を変えていきます。 他人のことを思いやってください。 自分より他人のことを考え、行動してください。 ホームレスの人々を助けてください。 飢えている人たちに食べ物を与えてください。 (マタイによる福音書25章35節 / ヨハネによる福音書12章25節、17章3節 / ガラテヤ人への手紙 6章8節)。
皆、神の前に立ち、この福音に答えます(ローマ人への手紙 14章10節 / ヘブライ人への手紙 9章27節)。私たちはみな、罪を持って生まれ、そしてこれにより地獄へ向かっているのです。 イエスを信じること以外、逃げ道はありません (ルカによる福音書 12章5節 / 使徒行伝 4章12節)。だからお願いです、手遅れになる前に考えてください。父に対して自分の口で、イエスの血であなたの体を覆い地獄から救っていただくように頼んでください(ローマ人への手紙 10章9節)。イエスはあなたの名前を知っていて、あなたのことを愛しています。そしてあなたの要求に答えることを約束しています。
今日の「教会」と呼ばれているものは人々の考えで作られており、聖書に書かれている真実とは異なります。あなたに多くの法に従わせることを強制しようとしています 。偽りの教会はイエスが現れる以前の旧約聖書に基づいています。神はあなたのお金や、あなたが特定の建物に行くことを望んではおられません。 イエスという人物と行為への単純な信仰以外のものはすべて嘘、如何様または詐欺なのです(マタイによる福音書 23章 / マルコによる福音書 7章6節 / 使徒行伝 17章24節)。
ぜひ聖書を買い、ヨハネによる福音書を読み始めてください。読みながら謙虚にイエスに語りかけて、聖霊を送ってもらうよう頼んでみてください(ヨハネによる福音書14章26節、15章26節 / ヤコブの手紙 4章6節 / ヨハネの第一の手紙2章27節)。他人には頼らなくいでください。イエスが理解できるようにしてくれます。 彼があなたを家へと帰る道に導いてくれるでしょう。
私は本当にあなたのことを思い、あなたの役にたちたいと思っています。 私はあなたの言語を話すことができないかもしれませんが、私にメッセージを送っていただければ通訳を通じて連絡を取ることが可能です。私に連絡を取りたい、もしくは詳細な情報が欲しい方は、こちらの私のウェブサイトを御覧ください。

聖書、神の言葉。 :

http://www.bible.is/KO1SKV/John/3/N

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時間は短いのです。

Escape Into Reality

とても大切なことを言わせてください。人生は短いです。あなたもわたしも日々年を取ります。お金のために働くだけの人生を過ごしてはなりません。それは空虚なことでしかないからです。もう気づいているでしょう。誰もがある日、死を迎えるということを。あなたの心の奥底には大いなる目的のために生きるために授けられた感情があります。この「感情」は神があなたを創造されたときに、あなたが神を探し出そうとするためにと授けられました。それは、あなたの「良心」です。良心を無視しないでください。神を無視しないでください。

この美しい空、雲、太陽、海、山、動物たちはすべて神の存在の証なのです。あなたの人生はカルマなどの適当な思想に左右されるわけではありません。神があなたもわたしも創り出したのです。あなたの良心がそれを教えてくれます。

聖書の歴史を見ると、遠い昔に最初の男と女が(わたしたちの先祖です)神に歯向かい彼の教えに逆らったことがわかります。この反逆が人間の性質をゆがめてしまいました。今でもその性質はわたしたちひとりひとりに受け継がれています。神が罪や反抗などと呼ぶものです。これが世界中すべての国のすべての問題、悲しみ、痛みの根源です。離婚や自殺の原因になるものです。怒りや情欲、エゴイズムは罪なのです。あなたの良心がそれは悪いことだと教えてくれます。

神は言います、約束の日に地上に降りひとりひとりが人生で犯した罪を炎の燃え盛る地獄という名のおぞましい場所で永遠に罰するのだと。友よ、手遅れになる前にわたしの声に耳を傾けてください。時間は短いのです。

ずっと昔、神は息子であるイエスを地上に送ってくださいました。イエスはわたしやあなたと同じように人間として生まれました。しかし他の誰とも違ったのはイエスは罪を犯さなかったということです。まさに完璧な存在だったのです。彼は数多くの奇跡を起こし、父である神と彼の御国について美しい話を語りました。イエスはその御体にわたしたちの罪を背負って奇妙でありながら美しい十字架での死を遂げました。三日後、彼はよみがえり人々の前に生きた姿を見せました。

イエスは彼をを信じるならば神はすべての罪を赦し、地獄、そして受けるはずだった罰から救ってくれると約束します。イエスは今ここに生きています。イエスはいわゆる「クリスチャンの教会」とは違います。それらは偽物です。彼らは教会と呼ばれる建物に人々が訪れ金を払うのを望んでいるだけです。彼らはイエスについて話しますが、本当に信仰があるわけではありません。イエスは彼らが信者のふりをしているだけだと言っています。

あなたはたった一人であなたの心からイエスを探さなければなりません。彼は言います、「わたしのもとへ来て、わたしから学びなさい」と。彼は目に見えませんが、あなたの声を聞いています。あなたを愛しています。「イエス様、お願いです、わたしを赦してください。地獄から救ってください。あなたを信じています。父のもとへ連れて行ってください。永遠の命をわたしにください」と頼みなさい。イエスは聖霊をあなたに大いなる目的を与えるためにあなたのもとへ送ることを約束してくれるはずです。聖書を探し、新約聖書を読みなさい。神に聖書を理解する助けを求めなさい。あなたの良心がここに書いていることは正しいと教えてくれます。あなたの力になりたいと願っています。もし話したければここにメールをく[email protected]ウェブサイトはこちらです。

こんにちは、私の名前はアブラハムです。
あなたたち一人ひとりと話が出来たらいいと望んでいます。私はあなたと対話をするために、これらを個人的に書きました。私は伝道師でも宣教師でもありません。私はアメリカのキリスト教が嫌いです。私は、あなたに祈りを捧げて欲しいと頼もうとしているのではありません。私はあなたと同じです。私は誰かに比べて優れているわけではありません。私は、イエスが現実のものなのだということを、見て体験したのです。彼の提供するものは、あなたがあんたの人生を永遠に変えるために必要な全てのことです。私はあなたを救うために何千里を旅してきました。私はあなたのお金が欲しくありません。私はあなたからチャンスが欲しいのです。

あなたに宗教は必要ありません。お金と物はあなたに必要なものではありません。あなたにはイエスを直接知り、信じる必要があるのです。あなたは、福音書が理解できるようにイエスに頼まなければいけません。彼があなたに教えてくれます。神はすでに全てのことをあなたにしました。あなたに必要な全てのことはイエスの中に見つかるのです。あなたは神を待ち、何があなたのために出来るのか尋ね続ける。神はもうすでに持っている。神が誰なのかを見つけるのは、あなたの番だ。あなたの問題は事柄や状況の外にあるのではない。中にあるのだ。あなたが理解していない何かがあなたの中にはある。これが、あなたに思ってもいないことを言わせる。どんなに頑張っても、あなたはあなた自身を征服することは出来ない。完璧に理解するためには、あなたは振り出しに戻らなくてはいけない。

神はこの世界と全ての人類を創った。 創世記1章1節
我々は完璧に創られた。
神に似せられて創られた。創世記9章6節
我々はただひとつの目的のために創られたのだ:
父なる神の愛を共有し、彼を崇拝せよ。
神は私たちみなに自由意志を与えた。
彼は私たちにロボットになってほしいなどと望まなかった。
それは我々の選択だった。創世記3
アダムとイブが最初の人類だ。創世記3章8節
彼らは彼らの自由意志を使って、神に反抗した。
そのため、人類は神から分け隔てられた。 ローマ人への手紙3章23節
罪と呼ばれるものがこの世に来た。
いま、我々すべてが罪をもって生まれている
神は完璧で神聖だ。イザヤ書6章3節
全ての人間は罪によって腐敗している。 イザヤ書59章2節
神は罪を知らない、だから神はもう人間を知らない。
神は正しく、完璧だ。
正義には罰則が必要だ。
罪のための罰則は、死と地獄だ。 ローマ人への手紙6章23節
罪以前には、人類は永遠に生きていた。

神は我々に完璧な法を与えた。
何が正しいか、何が間違っているかの基準を。
彼の法にはたくさんの掟がある。 出エジプト記20章3節
例えば:
殺してはいけない
姦通を犯してはいけない
盗んではいけない
嘘をついてはいけない
欲望を抱いてはいけない
これら全てが私たちに私たちの罪を示す。 ローマ人への手紙7章7節
もし誰かが神の法のうちどれか一つでも破れば、彼らは動物を生贄にすることが出来るだろう。レビ記17章11節
彼らは手を動物の上に置き、自らの罪を告白するだろう。レビ記04章21節
彼らの死の代わりに、動物が死ぬ。
完璧な生贄の血は、神の正義への要求をなだめるだろう。ヘブル人への手紙.9時12章14節
動物の血が、我々の場所を占める。

しかし、誰も彼の法には従えない。 ローマ人への手紙3章20節
もしくは、彼の生贄の要求に応えられない。
どれだけ挑戦しようとも、失敗してしまう。
これは、罪がただの行いだけではなかったことを示している。
罪は今も昔も我々の血の中にある。
罪は我々の行いではなく、我々自身である。ローマ人への手紙7章18節
神は、彼の法に従うことの出来たものを誰も知らない。
法の目的は、我々の罪と神の正しさを示すこと。
神は罪を定義し、罪を示さなくてはいけなかった。
法は我々が悪であることを示している。 ローマ人への手紙7章9節
我々は我々自身において良くはなれない。

2度目のチャンスなどなかった。
我々に似合うのは死と地獄だ。
神は愛で、慈悲に満ちている。 出エジプト記34章6節
我々のためではなく、神の性格のためだ。詩篇86章15節
神は唯一の神の子を送った:イエス. ヨハネによる福音書3章16節
イエスは父なる神から離れ、この世にやって来た。ヨハネによる福音書13章3節
イエスは完全に人間になった。ヨハネによる福音書1章14節
彼は王として来たのではない、例え彼自身は王であったとしても。 ヨハネによる福音書18章37節
彼は召使としてやって来た。 ピリピ人への手紙 2章7節
彼は低く、謙虚だった。マラキ書マタイによる福音書 11章29節
彼は我々の罪を肩代わりしたが、彼自身は罪を犯していない。コリント人への第二の手紙 5章21節
彼は唯一の完璧な人間だ。
彼は全ての掟に従った。
彼は我々に出来ないことをした。
イエスは我々のために法を遵守した。 ローマ人への手紙8章3節
彼は我々に立ちはだかる全てに立ち向かった。

全ての感情、気分、嫌悪、しかし全てにおいて彼は罪を犯さなかった。
彼はその他の法を我々に与えなかった。
彼は宗教を宣伝しなかった。
彼は我々に倫理基準を与えなかった。
彼は”教会”に行けなどと言ったことはない
彼は”私のところに来なさい”と言ったのだ。マラキ書マタイによる福音書 11章28節
”・・・私から学べ・・・”
”私は穏やかな心を持っている”
彼はよく父なる神について話した。
彼は法における息子としての在り方を教えてくれた。ローマ人への手紙8章15節
愛;服従ではなく。ヨハネによる福音書15章15節
彼は我々を父なる神の子にしてくれる機会を与えた。
彼は、彼と父なる神は一つなのだと言った。ヨハネによる福音書10章30節

宗教の指導者はイエスを噓つき呼ばわりした。ヨハネによる福音書10章33節
彼らは、冒涜だと言った。
イエスは捕らえられ、誤って起訴された。
彼らは彼を叩き、鞭打った。 ヨハネによる福音書19章5節
彼らは棘の冠を彼の頭に載せた。
彼は痛めつけられ、殴られた。 イザヤ書53章5節
しかし、彼は口を開かなかった。 ペテロの第一の手紙 2章23節
彼は殺戮へと向かう羊だった。 イザヤ書53章7節
彼は想像を絶する痛みと不正義に耐えた
彼らは木の板に彼の手と足を杭で打ち付けた。
彼らは彼を十字架に裸で吊るされた。ルカによる福音書 23章33節
イエスは恥に耐えた。 ヘブル人への手紙 12章2節
イエスが十字架に吊るされていた時、
神は全ての罪をイエスに負わせた。 ヘブル人への手紙 9章26節
イエスは完全なる生贄の羊になった。

彼は全ての罪を負い、現在にも未来にも存在する。ペテロの第一の手紙 2章24節
彼はその十字架の上で死んだ。
彼は我々のために生贄として死んだ。
彼は墓に埋められた。マラキ書マタイによる福音書 27章50節
三日の間、彼に生命は無かった。
全ての血が彼の体から流れ出た。
しかし彼には罪が無かったので、死は彼を繋ぎとめておくことが出来なかった。 ヘブル人への手紙 10章19節
3日目、彼は生き返った血と共に、死の床から起き上がった。ルカによる福音書 24章6節
彼は今、神と人間との間の完璧な仲介者だ。
なぜなら、彼はその両方だから。
イエスはあなたが経験するであろう全てを知っている。
彼は全ての苦しみを知っている、なぜなら彼は我々のうちの一人だから。 ヘブル人への手紙 2章18節

彼は今あなたに完全な許しを与えられる。 エペソ人への手紙 1章7節
彼の求めるのはただ真の信仰のみである。 ヘブル人への手紙 11章6節
信仰は宗教ではない。
信仰は良い気分のことではない。
信仰は服従と行動だ。
彼の言ったこと、したことに依るもの。ヨハネの第一の手紙 5章4節
信仰は、あなたの感じることや考えることではなく、神の言うことを信じること. ヘブル人への手紙 11章1節
信仰は、あなたがイエスに許されているのだと信じること。
もしあなたがイエスを信じることを選べば、彼はあなたに彼の正しさを授けるだろう. ローマ人への手紙3章26節
正しさは、神の目の中で”正しく”あることだ。ローマ人への手紙4章5節
あなたはあなた自身において正しくはなれない。ローマ人への手紙3章25節
正しさは手に入れられるものではない。
あなたが信じれば与えられるものなのだ. ローマ人への手紙3章24節
あなたは救済に値しない。
救済は好意から来るのだ。
好意とは、値しない贈り物のことを指す. エペソ人への手紙 2章8節
イエスは自由にあなたにこれを与える。

彼はあなたに謙虚さと素直さを求める。 ペテロの第一の手紙 5章5節
彼はすでにあなたの罪の全てを知っている. エレミヤ書 31章34節
あなたの罪はもう問題ではないのだ。 コロサイ人への手紙 1章14節
イエスの血のために大きすぎるかあまりにも悪すぎる罪などありません。
これが、彼が死に、再び上昇した理由です。コリント人への第二の手紙 5章17節
彼はあなたをより良くしません。
彼はあなたを新しくするのです。
彼は「あなたがたは新しく生れなければならない 」と言います ヨハネによる福音書3章3節
イエスはあなたに魂を送ります。
彼は彼の魂があなたがたにすべてのことを教えることを約束します。 ヨハネによる福音書 14章26節
彼はあなたに変わるように強制しません
あなたは、アダムとイブと同じ自由意志を持っています。
あなたは選択肢を持っています。
イエスは、「あなたは自分を否定しなければならない」と言います. マルコによる福音書 8章34節
プライドとエゴを手放しなさい。 マラキ書マタイによる福音書 20章26節
より良くしようとすることを止めなさい

「いい人」になろうとすることを止めなさい。
あなたは良くないので、良くなることは出来ません。ガラテヤ人への手紙 2章21節
彼の完成した作品に屈しなさい。
神に近寄れば、彼はあなたに近寄るでしょう。ヤコブの手紙 4章8節

私たちが死ぬとき、私たちはみな神の前に立ちます。コリント人への第二の手紙 5章10節
私たちは、私たちの人生の責任を払います。ヘブル人への手紙 9章27節
すべてのその問題は、あなたが今ここでイエスの作業にどのように対応することを選ぶかです. マラキ書マタイによる福音書 25章31節41節
あなたが悔い改めるならば、彼はあなたを許すだろう。
天国があります。地獄があります。
地獄は息子を殺すための神の正義です。
神は全ての人間の責任を息子の死に対して負わせました。
それは、十字架にイエスを掛けた、あなたと私で同じ性質です。

イエスその人を信じていない限り、あなたは地獄に行きます。ヨハネの黙示録 21章8節
もし地獄がなかった場合には、神は正しくないでしょう。
これは冗談ではありません。
お願いします、どうか目を覚ましてください!
悔い改めてください、手遅れになる前に ヨハネによる福音書 16章33節
この人生は難しいかもしれません。
しかし重要なことは、永遠の命です。 ヨハネによる福音書 11章25節
父はイエスを通してあなたに神の愛を与えることを望んでいます。 ヨハネによる福音書 02章23節
神は、誰かが死ぬことを望んでいません。ペテロの第二の手紙 3章9節
聖書を買うためには何でもしてください。
新約聖書を研究してください。
ヨハネの福音から始めてください。
読むようにイエスに話すのです。
彼の魂を送るように彼にお願いするのです。マラキ書マタイによる福音書 7章7節
彼の魂「は、あなたの心を開きます。ヨハネの第一の手紙 2章27節
彼はあなたに本当の理解を与えます。 エレミヤ書 33章3節

他の人に聞かないでください。 マラキ書マタイによる福音書 7章15節
任意の「教会」に行っていません。
すべてを一人で得てください。ヨハネによる福音書 4章24節
すべての宗教は間違っています。イザヤ書57章15節
すべての”教会”は偽りです。使徒行伝 17章24節
彼らは、自分の利益のために聖書を歪曲します。ヨハネによる福音書 5章39節
神はあなたのお金を望んでいません。 イザヤ書66章2節
彼らは詐欺です。
彼らは見かけ上は正しく見えます。 マラキ書マタイによる福音書 23章28節
それは偽のイメージです。 マルコによる福音書 7章6節
彼らは本当の答えを持っていません。 マラキ書マタイによる福音書 7章22節
彼らは福音を理解していません。
彼らはまだ十戒に従うことを強制したいです。マラキ書マタイによる福音書 23章4節
彼らは律法の下にあなたを置きたがる。
イエスは法から私たちを自由にしてくれますヨハネによる福音書 8章32節
救いのためにはたった一つの要件があります:
真の信仰のみ。